Latter Rain-日記

My Daily Devotion ~神様をもっと知り、神様との関係を日々深める~

祈るときには ~日々の糧(Daily Bread)を求める~  [マタイ: 6:11]

主の祈りの後半では私たちの願いを祈ります。「必要な糧を今日与えてください」。今日生きるために必要な糧とは何でしょう。太古の昔から今もかわらず健康な体、食物、家、衣服、お金、知恵・・・本当にいろいろとあります。しかし最も私たちに必要とされるのは「霊的な糧」と聖書では言っており、それは聖書の御言葉と聖霊のことです。特に「聖霊が私たちの内に働かないと何一つできない」と言われています。何ができないかと言うと、祈りの前半にあった、「神様の御心」が行えないのです。それを悟り、それを行う力が与えられないのです。では、「神の御心」とは?神や隣人に対し愛をもって、それを行うことです(十戒の教えの中心そのものでもあります)。また、その人にある時天から必然的に与えられる神様からのビションや特定の御言葉、行動です。たとえ聖書の御言葉を知らなくても、聖霊の力がなくてもこの世での自分の目的や計画、思いを果たすことは出来ますが、神の御心は行えません。それではどうして神の御心が行いたいのですか?それはもちろん、神の愛に動かされた者として、神の憐れみによって罪を赦された者として、愛の神様の御心だけをただ切に行いたい、と願うからです。

また、神様はこの祈りに関連して、次のようなお約束をくださっています。イエス様の言葉です。

 

だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。(マタイ6:31-33)

 

この人間の思い悩みについてはこの前の節でもイエス様が繰り返し述べておられます。どれだけ私たち人類はこの日々の思い悩みの重荷に縛られて毎日生きているのでしょう。自分だけでなく、守るべき子供や家族がいればなおさら悩みや不安は増します。そんな人々の思いを貧しい夫婦の元で育ったイエス様は全てご存じで、その上でこのお約束をくださっているのです。この御言葉のお約束を私たちが心から祈り、信じるためにはやはり信仰が与えられる必要があるのだと思います。実は私の主人もこの御言葉によって救われました。

今日、神様を知らない、あなたの愛をまだ知らない方に、この祈りと御言葉のメッセージが届き、聖霊による気づきと信仰が与えられ、神の御心を求めることを選び取ることが出来ますように。アーメン。